自転車事故に関わる責任  〜  判例から 〜

                                                     *(財)交通安全教育普及協会の機関誌から

はじめに
 自転車は、交通安全対策上、歩行者とともに「交通弱者」として位置付けられ保護されてきた。しかし、最近では自転車利用者が交通事故の第一当事者(主たる原因者)になったり、交通事故に係る損害賠償請求裁判において自転車利用者の過失(不注意)を捉えて過失相殺(事故の損害を、加害者と被害者が公平に分担するために、被害者にも過失がある場合、加害者の損害賠償額を被害者の過失に応じて減額すること。)している判決が多くみられる。また、裁判にはならないが自動車保険の支払いの際に過失相殺が行われている例が多い。
 そこで、自転車の関与する交通事故について民事裁判における判決を中心に、自転車利用者の安全対策上のポイント等を考えることとした。

1 最近の自転車事故の特徴 〜  平成23年中の自転車事故の特徴
自転車が当事者になった交通事故は、平成23年中は144千件余で、死者数は627人、負傷者143,110人であり、人身事故発生件数の20.8%を、また全死者数の13.6%を、全負傷者の16.7%をそれぞれ占めている。

2 交通事故における自転車利用者の責任
 自転車利用者に交通事故の原因(不注意)がある場合などには、次のような刑事及び民事上の責任が問われることになる。
(1) 刑事責任
 自動車と自転車の交通事故において、自転車利用者が死傷した場合、自動車運転者は一般的に刑法第211条前段「業務上過失致死傷罪」が適用されることになる。また、自転車同士の事故や自転車と歩行者の事故により歩行者等を死傷させた場合で、自転車利用者に過失(不注意)がある時には、自転車利用者は刑法第211条後段「重過失傷害罪」等が適用されることがある。いずれも罰則は、5年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金である。
(2) 民事責任
 交通事故により人を死傷させた場合には、民法第719条の「不法行為責任」として、治療代や休業補償、遺族補償、慰謝料などの損害賠償の責めを負うことになる。
 また、民事訴訟法第722条は「被害者に過失があるときは、裁判所は損害賠償の額を定めるにあたりこれを考慮することができる。」と規定しており、それぞれの当事者に過失(交通事故発生の誘因・不注意)があるとその過失の割合に応じて損害額が相殺されることになる。
 車と自転車の事故で自転車利用者が死傷した場合でも、自転車利用者に過失(不注意)がある場合、その過失(不注意)の度合いに応じて過失相殺され、損害賠償額が減額されることになる。もちろん自転車対歩行者の場合、自転車利用者に過失責任があれば、相手方の損害を賠償しなければならないことは言うまでもない。

3 自転車の関係する事故での過失相殺
 民事裁判における主な過失相殺の例を以下に示すとともに、自転車利用者に対する事故防止上のポイントを上げてみた。なお、参考図は判例にかかる事故の内容を示すものではい。
(1) 信号機のある交差点で自転車が信号無視
(図1参照)
@ 平3.2.28大阪地判
 交通整理の行われている見とおしの良い交差点での加害車(晋通貨物自動車)と被害者搭乗の自転車との出会い頭の衝突事故につき、加害運転者には酒気帯び運転及び前方不注視のまま交差点内に進行した過失を認める一方、通行量の少ない早朝に幹線道路を赤信号を無視して横断した被害者(男・57歳)にも過失があったとして70%の過失相殺を認め(被害者の過失分として70%減額)た。
A 平5.1.28大阪地判
 加害車(普通乗用自動車)と被害者措乗の自転車との衝突事故につき、赤信号を無視して交差点に進入した被害者(男・28歳)に85%の過失相殺を認め(被害者の過失分として85%減額)た。
【自転車事故防止上のポイント】
・ 自転車も信号を必ず守ること。
・ 青信号でも左右の安全を確認すること。
・ 自転車横断帯のあるところでは、自転車横断帯を通行すること。
・ 横断歩道は自転車を押して横断すること。
図(1) です。クリックして拡大してご覧ください

(2) みとおしの悪い交差点での出会い頭(図2参照)
@ 平11.7.29大阪地裁
 信号機のないみとおしの悪い交差点で加害車両(普通貨物自動車)と被害者搭乗の自転車との衝突事故につき、双方の動静不注視、安全確認を怠ったものであるとして、自転車側にも30%の過失相殺を認め(被害者の過失分として30%減額)た。
A 平2.2.7高知地判
 交通整理の行われていない見とおしの悪い交差点での加害車(軽四貨物自動車)と被害者(自転車)の事故につき、加害車の運転者には減速しなかつた過失を認めたが、被害者にも交差道路が自己の進行する道路より明らかに広いので、これを通行する車両の進行を妨げてはならないのに、片手に傘をさしたまま安全を確認をせずに、交差点に飛び出した過失があるとして、被害者(女・10歳)に60%の過失相殺を認め(被害者の過失分として60%減額)た。
【自転車事故防止上のポイント】
・ みとおしの悪い交差点では自転車も一時停止又は徐行して左右の安全を確認すること。
・ 傘さし運転はしないこと。
図(2) です。クリックして拡大してご覧ください


(3) 自転車の一時不停止(図3参照)
○ 平3.3.26名古屋地判
 交通整理の行われていない見とおしの悪い交差点での加害車(普通乗用自動車)と被害者(自転車)との出会い頭の衝突事故につき、加害車の運転者に、前方を注視し、交差道路の安全を確認して進行すベき注意義務を怠った過失を認める一方、一時停止をせず、加害車が進行してくる左方を注意しないまま漫然交差点に進入した被害者(男・高校生)に50%の過失相殺を認め(被害者の過失分として50%減額)た。
【自転車事故防止上のポイント】
・ 一時停止標識のあるところでは必ず一旦停止して安全を確認すること。
・ 標識がなくても、みとおしの悪い交差点では一旦停止するか徐行して左右の安全を確認すること。
(4) 自動車の一時不停止
○ 平5.4.22大分地判
 ともに一方通行路を進行中の交通整理の行われていないみとおしの良い交差点において、停止線で一時停止することなく進入した加害車(普通乗用自動車)と被害者搭乗の自転車との出会い頭の衝突事故につき、見通しの良い左方を注視することなく漫然と交差点に進入した被害者(女・年齢不明・主婦兼事務員)に、10%の過失相殺を認め(被害者の過失分として10%減額)た。

図(3) です。クリックして拡大してご覧ください

(5) 左折自動車と直進自転車の事故(図4参照)
○ 平8.7.18大阪地判
 交通整理の行われている交差点で、横断歩道を青信号で進行中、同じく青信号で左折しようとした対向自動車の衝突した事故で、自動車が横断歩道直前で安全確認及び徐行ないし一時停止をしなかった一方的な過失であるとして、被害者(女・31歳)に過失相殺を認めなかった(減額なし)。
 * ただし、日弁連の「交通事故損害額査定基準」では、自転車側に対向車や左右の安全確認を怠った場合には10%の過失相殺を認めている例もある。
【自転車事故防止上のポイント】
・ 交差点では青信号であっても、左折や右折してくる車両があるので、左右の安全を確認すること。
・ 横断歩道は自転車を押して渡ること。
・ 自転車横断帯のあるところでは、自転車横断帯を通行すること。

図(4) です。クリックして拡大してご覧ください


(5) 進路変更した自転車と自動車の事故(図6参照)
@ 平10.1.27大阪地判
 違法駐車中の車両を避けるため、右側方向に進路を変え、膨らんで進行した自転車に、後続の自動車が衝突した事故で、自動車側に自転車の動静を十分に注意しなかった過失があるが、自転車にも進路変更する際右後方の安全を確認すべきであるとして、被害者(女・45歳)に20%の過失相殺を認め(被害者の過失分として20%減額)た。
A 平10.4.17大阪地判
 道路左端を同一方向に進行していた自転車が急に進路を右、道路中央方向に変更し、後続の加害者(普通乗用乗用車)が衝突した事故につき、加害車運転者には自転車の動静に十分注意し、適宜減速すべき注意義務があるがこれを怠り制限速度を40キロメートル超過する速度で走行した過失があるが、自転車搭乗者の被害者にも車道上を道路中央に進路変更した過失があるとして、被害者(男・58歳)に20%の過失相殺を認め(被害者の過失分として20%減額)た。
【自転車事故防止上のポイント】
・ 進路変更するときはあらかじめ後続車両の有無を確認すること。
・ 道路を横断するときは横断歩道や自転車横断帯を利用すること。

図(6) です。クリックして拡大してご覧ください
(*図5は省略)

(6) 自転車と歩行者の事故(図7参照)
自転車と歩行者との事故も最近多くなっている。その中から歩行者側の過失を相殺する判決があるので以下に示すこととする。
@ 平8.8.27大阪地判
 小雨の中、歩車道の区別のない道路において傘を前に傾けてさし、前方が見えない状態で片手でハンドルを持って無灯火で自転車搭乗中の加害者が、傘をさして歩行中の被害者(女・73歳)に接触して転倒させた事故につき、傘をさして通行していた歩行者にも通行車両の有無について一応の安全確認をすべきであったとして被害者にも10%の過失相殺を認め(被害者の過失分として10%減額)、約211万円の支払いを命じた。
A 平8.10.22大阪地判
 前照灯の備え付けのないまま自転車(マウンテンバイク)の変速ギヤー操作に気をとられ前方注視を欠いて進行した加害者搭乗の自転車と、前方不注視により歩行中の被害者(男・71歳)の衝突事故につき、歩行者に15%の過失相殺を認めた(被害者の過失分として15%減額)。この事故では被害者に後遺障害が発生したため、自転車側に約2,581万円の支払いを命じた。
【自転車事故防止上のポイント】
・ 傘さし運転をしないこと。
・ 前方の安全を確認しながら進行すること。
・ 自転車には前照灯を備え付けること。
・ 夜間は前照灯を点灯すること。
・ 自転車の点検整備を行うこと。
図(7) です。クリックして拡大してご覧ください 

 以上代表的な裁判例を引用したが、同種事故形態であっても、交通事故発生の状況、要因、当事者の年齢等により過失割合が異なる判決もある。関心のある方は、
 交通事故民事裁判例集
 別冊 判例タイムズ No.15(民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準)
等を活用いただきたい。

4 自転車事故に係わる補償と保険
 交通事故は、加害者となっても被害者となっても悲劇である。自動車には、このような事態に対処するため、自動車損害賠償保険の加入の義務付けや任意保険の制度が確立されている。しかし、自転車には保険加入が義務付けられていないうえ、自転車利用者も保険に対する関心が薄い現状にある。
前述のように、加害者となった自転車利用者を相手に数千万円の損害賠償請求がなされたり、自転車利用者が死傷した場合でも過失相殺され十分な補償が得られないことがある。万が一のために、自転車利用者も保険に加入することが必要である。自転車の事故に関する保険としては、
○ 自転車そのものに掛ける「TSマーク保険」「SGマーク保険」
○ 自転車利用者が死傷した場合に支払われる「積立傷害保険」や「交通傷害保険」
○ 自転車利用者本人の死傷に支払われるとともに、対人賠償責任の付いた「自転車専用保険」「自転車総合保険」
などがある。また、個人契約の生命保険や傷害保険などに対人賠償保険特約が付加されているものがある。この特約は、歩行者等第三者に損害を与えた場合に賠償されるので家族の加入している保険を確認しておくことをお勧めしたい。

終わりに
 自転車は何ら資格を有せずに誰でも乗れる便利なものであるが、一旦交通事故の当事者となると前述の裁判例のようにその責任を問われることになる。自転車を利用する際、交通ルールを遵守することが、事故防止につながることはもちろん、後日の損害賠償請求等補償問題に大きく影響することが理解いただけたと思う。
 自転車を利用する方々も、そのことを十分に認識し、安全な利用に努めていただき、自転車に係る悲惨な事故一件でも減少することを願うものである。

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