自転車事故の責任は・・・・
  

1 はじめに
 歩行者や自転車と車の関係する交通事故の場合には、その多くが歩行者や自転車側が死傷していることなどから、歩行者や自転車側
がいわゆる「交通弱者」と称されている。そのためか、歩行者や自転車利用者の中には「自分は被害者だ。相手が悪い。」という意識の
方が多いのも事実である。本当に歩行者や自転車利用者は責任が問われないのでしょうか。


2 交通事故の責任
 今日の法律体系の中における交通事故当事者の責任は、以下のようになっている。
(1)刑事責任
 交通事故により、人を死傷させた場合には刑事上の責任を負うことになる。例えば、自動車と自転車の交通事故で自転車利用者が死
傷した場合、自動車運転者は業務上つまり車の運転という行為を反復継続して行う上で過失(不注意
)により自転車利用者を死傷させた
ということで、一般的には刑法第
211条前段「業務上過失致死傷罪」が適用されることになる。また、悪質な違反(飲酒運転、無免許運
転、著しい速度違反等)を伴う交通事故については、平成
13年の刑法改正によって新設された危険運転致死傷罪(刑法第208条の2)が適用され
ている。

 また、自転車と歩行者の事故や自転車同士の事故により歩行者等を死傷させた場合、自転車利用者に過失(不注意)があるときに
は、自転車利用者には刑法第
211条後段「重過失傷害罪」等が適用されることがある。いずれも罰則は、5年以下の懲役若しくは禁固又
50万円以下の罰金である。
(2)民事責任
 交通事故により人を死傷させた場合には、民法第719条の「不法行為責任」として、治療代や休業補償、遺族補償、慰謝料などの損害
賠償の責めを負うことになる。

 また、民事訴訟法第722条は「被害者に過失があるときは、裁判所は損害賠償の額を定めるにあたりこれを考慮することができる。」と
規定しており、それぞれの当事者に過失(交通事故発生の誘因・不注意)があるとその過失の割合に応じて損害額が相殺されることにな
る。

 このことにより、車と自転車の事故で自転車利用者が死傷した場合でも、自転車利用者に過失(不注意)があるときはその過失(不注
意)の度合いに応じて「過失相殺」がなされることになり、その割合に応じて損害賠償額が減額(相殺)されることになる。もちろん自転車
対歩行者の場合、自転車利用者に過失責任があれば、相手方の損害を賠償しなければならないし、歩行者にも過失があれば相殺され
ることは言うまでもない。

 しかし、現実にはこの過失相殺ということを理解している方は少ないようである。多くの場合、死傷程度の大きい方が被害者であるとい
う意識が高い。もちろんそのような事故も多いかもしれないが、事故の発生のメカニズムを考えると自転車や歩行者側の責任や過失とい
うものを否定できない。民事訴訟や保険料を支払う場合の査定料率でも一定の過失割合、過失による減額を規定しているのもそのため
である。

(3)行政処分
自動車を運転するには、公安委員会の運転免許を受けなければならないが、この免許制度の特徴としては、事故者や違反者に対して点
数制度が採用されており、違反や交通事故の点数が一定の基準に達すると運転不適格者として公安委員会の行う運転免許の取り消し
や停止の処分が行われる。また、場合によっては自動車の使用禁止等の処分を受ける場合がある。


3 判例等にみる自転車側の責任
 自転車や歩行者でもその責任が問議される典型的なものとしては過失相殺がある。そこで、自転車に関わる交通事故の民事裁判例の
中から主な過失相殺の例を示しつつ、自転車利用者の責任(注意義務)について考えてみることにする。

 自転車が交通弱者といわれながらも補償問題になるとやはり自転車側の過失の程度に応じて賠償額が減額されており、その責任が大
きいほど過失相殺も大きくなっている。

 裁判例で示す過失割合は実際に起きた個々の事件に対してのものであり、類似のケースが直ちに当てはまるものではないが、裁判所
の考え方を知る上での参考にしていただきたい。なお、事故の形態を図示したが必ずしも裁判事例と一致するものではない。


(1)駐車車両を避けるために進路変更した自転車と後続車両の衝突事故
【事故の概要】片側一車線で左側端に違法駐車車両が連続している道路において、前方に二列なって違法に駐車している車両があった
ことから、これを避けようと右側方向に膨らんで進行した乙の自転車に、時速約
30キロメートルで進行してきた後続の甲運転の普通自動
車がこれを避けきれずに衝突したもの。

【裁判所が認定した過失割合】
甲(普通乗用車): 80
乙(自転車): 20
【判決要旨】
 甲(普通乗用車): 西行車線を走行するに際し、前方を注視しつつ進行すべき注意義務があるにもかかわらず、右注意義務を怠った
まま漫然と進行した過失のために起きたものであると認められる。

 乙(自転車): 二列に重なって駐車している車両の横を走行する以上、自らの安全を確保する見地から、後方から進行してくる車両の
有無・動静を確認しつつ進行することが期待された
というべきである。

 本件においては、前認定にかかる一切の事情を斟酌し、原告に生じた損害につき二割の過失相殺を行うのが相当である。(平成101
27日、大阪地方裁判所判決)

(2)駐車場に入るため左折した乗用車と歩道を走行中の自転車の事故 
【事故の概要】甲が運転する普通乗用自動車が片側二車線の道路を進行し、左側道路外の駐車場に入るために左折したところ、駐車場
入口手前の幅員約
5メートルの歩道上を、折りから自転車で進行中の乙と衝突したもの。なお、歩道上には数台の駐車車両があり歩道
のうち自転車が走行可能な幅員は約
3.2メートルであった。
【裁判所が認定した過失割合】
 甲(普通乗用車): 90
 乙(自転車) : 10
【判決要旨】
 甲(車側): 被告車両を運転して路外の駐車場に左折進行するにあたり、右駐車車両のために歩行者等の安全が確認できない状況で
あったにもかかわらず、進入路にあたる部分の手前で一時停止することなく、かつ、歩道上を通行する歩行者や自転車の存在を充分に
確認することが できない状態のまま、漫然と左折進行したのであるから、その過失は誠に重大である。

 乙(自転車側): 本件事故の直前まで被告車両に気づいておらず、・・・・・乙も、歩道上に駐車している車両のため、幅が狭くなり、か
つ、安全確認が困難になった歩道上を、前方を充分に注視することなく、漫然自転車を走行した過失がある。(平成
9930日、神戸地
方裁判所判決)

(3)見通しの悪い交差点での出会い頭事故 
【事故の概要】 信号機による交通整理の行われていない見通しの悪い交差点において、時速約30キロメートルの速度で交差点に進入
しようとした甲運転の普通乗用車と、同交差点を右方から一時停止標識のあるにもかかわらず一時停止を怠り進行してきた乙運転の自
転車との出会い頭の交通事故である。なお交差点のかどには見通しを妨げる丙が駐車した普通貨物自動車があった。本裁判では自転
車利用者の乙と甲及び事故関与した駐車車両丙との間における民事訴訟である。【裁判所が認定した過失割合】

 甲(普通乗用車)及び丙(駐車車両): 60
 乙(自転車利用者): 40% 
【判決要旨】 
 乙(自転車側)は、一時停止標識の設けられ一時停止の規制がされているにも関わらず、一時停止及び左方道路(甲の進行してきた道
)の安全確認を怠ったこと。
 甲(普通乗用車): 右方交差道路(本件自転車が走行して来た道路)の安全確認を十分にしなかつたこと
 丙(駐車車両): 本件交差点の角に車を駐車させたため、甲の右方交差道路ないし本件自転車の左方交差道路の見通しを悪くした。
(平成
9129日、東京地方裁判所判決)

(4)ドア開放時の自転車事故
【事故の概要】市街地の片側一車線の歩車道の区別のない道路(片側約3.3m)において、自転車に乗車して進行中の乙は、左端に駐車
中の普通貨物自動車の右方を通過しようとした際、当該駐車車両の運転席ドア付近に立ってドアを開けようとした駐車車両の運転者丙と
衝突し、その衝撃で自転車に乗車していた甲が対向車線に転倒し、折から時速約
15キロメートルに減速し対向進行してきた甲運転の普
通貨物自動車に轢過され死亡したもの。

【裁判所が認定した過失割合】
 乙(自転車) : 30
 甲(対向車) : 70
【判決要旨】
 甲(対向普通貨物自動車): 駐車中の車両の後方から運転者丙が歩いてきて、丙車の運転席側のドア付近に立ち、さらに、丙車の右
側後部付近の道路の中央線付近を対向進行してくる乙乗車の自転車を発見したのであるから、乙が、丙を追い越して進行してくることを
当然に予測して進行すべきであつたといえる。乙が丙を追い越すために、甲車の進行車線に進入してくることを、当然に予測して進行す
べきであつたと言え、乙の動静注視を厳にし、一時停止か、少なくとも、直ちに停止できるよう徐行して進行すべき注意義務を負っていた
と言える。

 乙(自転車): 甲車が通過するのを待って、駐車中の丙車の右方を通過すべきであつたと言えるし、丙車の側方を通過するにしても、
前方を運転者丙が歩いていたのであるから、その動静に注視して進行すべきであつたにもかかわらず、これを怠った結果、丙の後方不
注視があつたとはいえ、丙が駐車車両のドアを開けた際に、丙に接触して本件事故が発生したのであるから、乙にも過失が認められる。
(平成
8717日、東京地方裁判所判決)

(5) 信号機により交通整理のされている交差点で信号無視の自転車と普通貨物車との事故
【事故の概要】
 片側二車線道路の交差点横断歩道を兄の自転車に続いて自転車で横断中の甲が、折から制限速度を約25キロメートルも超過して進
行してきた乙運転の普通貨物自動車に衝突し進行してきもの。

【過失割合】
 甲(自転車): 50
 乙(普通貨物自転車): 50
【判決要旨】
 本件事故は甲が信号表示を無視して本件道路の横断を開始したことによって生じたものと認められる。しかしまた乙には制限時速を25
キロメートル近く超過して走行し、かつ見通しの良い本件道路で甲が横断歩道を渡り始める際には気づいていないことに照らし、前方不
注意で走行した過失が認められる。(平成
13420日、名古屋地方裁判所判決)

(6)自転車と原付の事故
【事故の概要】乙搭乗の自転車が道路右側を通行中、駐車車両を避けて道路中央付近に進出したところ、折から交差点を左折進行して
きた甲運転の原動機付自転車と衝突したもの。

【過失割合】
 甲(原動機付自転車): 50
 乙(自転車): 50
【裁判要旨】
 (原動機付自転車): 手前交差点で一時停止後に左折を開始したが、左折してまもなくの交差点付近の駐車車両の陰の安全確認を
十分に行わなかったため、駐車車両の陰から飛び出すように道路中央側に進行してきた自転車の発見が遅れ衝突したものである。
 
 (自転車): 自転車の通行が可能な歩道があるのにもかかわらず、車道の左側を逆送し、自分の進路の安全確認を怠り、駐車車両
の陰から飛び出すようにして進行した
過失がある。(平成
13131日、東京高裁判決)

(7)横断歩行者用の青の点滅信号で横断を開始した自転車
【概要】信号機及び横断歩道の設置された交差点において、自転車利用者乙が歩行者の横断に続いて自転車で横断中、甲運転の普通
貨物自動車と衝突したもの。

【過失割合】
 甲(貨物自動車): 75
 乙(自転車): 25
【裁判要旨】
 甲(貨物自動車)は、歩行者の横断を待つため一旦停止して歩行者の横断を待ち再発進する際して、十分な安全確認が行われていな
かった。

 乙(自転車)は、自転車が通行していた横断歩道の横断歩行者用の信号が青色点滅を示していたと考えられ、かつ横断中前方の交通
状況を視認しないまま進行したもの
であり、横断歩道を横切ろうと徐々に進行しつつあった甲車両の進路前方に突然出てきたのであ
り・・・・相当程度の過失相殺することが合理的である。(平成
13228日、東京地裁判決)

(8)団地内道路から自転車で飛び出した自転車の事故 
【事故の概要】
 団地内道路と交差する交差点で団地内道路から直進(横断)しようした甲搭乗の自転車と、乙運転の普通乗用車との出会い頭事故。な
お団地出入り口交差点から約
10メートル先に横断歩道が設けられていた。
【過失割合】
 甲(飛び出した自転車): 60
 乙 : 40
【裁判要旨】
 甲(自転車): 団地内の道路から車道に出るに際し、また、交差部分には駐車車両があり見通しが悪かったのであるから、一旦停止し
て左右の安全を確認すべきであった
が、これを怠り飛び出したものであり、その過失程度は大きい。

 乙(普通乗用車): 時速15キロメートルで進行し、衝突するまで左方道路から出てくる自転車に気がつかなかったということから前方不
注視の過失はあるが、甲の過失を上回るものではない。(平成
131019日、大阪高裁判決)

【自転車×歩行者】
(9)歩道上で自転車と歩行者の接触事故
【事故の概要】
 地下鉄駅付近の通行者の多い歩道上で歩行中の乙(61歳・主婦)と反対方向から歩道上を走行してきた甲(17歳、男)が乗車する自転
車が擦れ違う際に、甲自転車のハンドルが乙のショルダーバックの肩ひもに引っ掛かり、乙が転倒して負傷(大腿骨骨折等で重傷)したも
の。

【裁判所が認定した過失割合】
 甲(自転車) : 100%(補償額合計17,435千円)
 乙(歩行者) :  0
【判決要旨】
 甲(自転車): 地下鉄駅付近の人で混んでいたため、自転車がやつと通れるほどであり、自転車のスピードを出せない程度であったか
ら、甲は、自転車が歩行者の持ち物等と接触などして同人を転倒させて傷害を負わせることを予見できた。甲には、そのようなことが起き
ないように、自転車の運転に注意を払い、場合によっては自転車を降りて手押しすべき注意義務があったというべきである。右注意義務
を怠り、自転車を運転したことにより本件事故を起こし、原告に右大腿骨頭頸部骨折の傷害を負わせたものであるから、被告には過失
がある。したがって、甲は民法
709条の責任を負う。
(平成8729日、東京地方裁判所判決)

(10)歩道走行中の自転車と歩行者の接触(自転車通行禁止道路)
【事故の概要】
 中学三年生甲が自転車の通行が禁止されている幅員2メートルの歩道上を自転車で通行中、ハンドルが歩行中の老女乙(85歳)に引
っかかって同人を転倒させて、傷害(大腿骨骨折等重傷)を負わせたもの。

【裁判所が認定した過失割合】
 甲(自転車): 100  【損害額】合計4,580千円
 乙(歩行者): 0
【判決要旨】
 甲(自転車): 本件自転車を運転するに際し、前方の注視を怠って、本件自転車の右ハンドルを乙に打ち当てた結果、乙を本件歩道
上に転倒させて、傷害を負わせたのであるから、民法第
709条により、その損害を賠償する義務がある。(平成71219日、東京地方
裁判所判決)

4 自転車の安全利用のために
 以上、自転車事故にかかる過失責任の例として民事裁判での過失相殺の考え方を示してきた。裁判例でも明らかなように、交通事故
の発生に原因や責任
(過失)がある場合には、その程度に応じて過失相殺され損害賠償額が減額されるなどの措置がとられている。もち
ろん自転車側が加害者になって相手方に損害賠償をしなければならない場合もあることがおわかりいただけたと思う。判例中に示された
自転車側の過失
(不注意)の内容を踏まえると
 ○ みとおしの悪い交差点では徐行して左右の安全を確認する。
 ○ 一時停止標識のあるところでは自転車も必ず一時停止し、左右の安全を確認する。
 ○ 信号に従う。歩行者用の青の点滅では渡らない。
 ○ 歩道上では特に歩行者の動きに注意し、徐行する。
 ○ 車道と歩道(自転車通行可能な場合)の区分がある場合には歩道を利用する。
 ○ 進路変更の際には後方の安全を必ず確認する。
 ○ 二人乗りはしない。特にいわゆるママチャリに幼児を二人乗せるような行為はバランスを崩しやすいので危険
等自転車の安全な利用に努めていただきたい。

5 おわりに
 交通事故は、加害者となっても被害者となっても悲劇である。特に自転車側に賠償責任が生じる事例が多くなっている現状を踏まえる
と、自転車には保険の加入が義務付けられていないが、万が一のために自転車保険等に加入することが必要である。自転車の事故を
対象とするものにもいろいろあり、個人契約の傷害保険などに対人賠償保険特約が付加されているものがあるので家族の加入している
保険を確認しておくことも必要である。

 自転車利用者の方々も、加害者になり得ること、過失相殺により責任を問われることを十分に認識し、安全な利用に努めていただき、
自転車に係る悲惨な事故が一件でも減少することを願うものである。

参考文献:交通事故民事裁判例集自動車保険ジャーナル